所沢航空公園・航空発祥記念館



1911年(明治44年)4月1日、臨時軍用気球研究会所沢試験場が開設され、滑走路
と格納庫、気象観測所を備えたわが国最初の飛行場が誕生した。同年4月
 所沢飛行場最初の演習飛行が行われ、徳川好敏陸軍大尉の操縦するアンリ・
ファルマン機が高度10メートル、飛行距離800メートル、飛行時間1分20秒を
記録し、日本最初の飛行場での初飛行となった


この歴史的な経緯により所沢は「日本の航空発祥の地」と言われ平成2年11月
埼玉県立の所沢航空発祥記念館が設立された。


航空発祥の記念碑

航空発祥







西武新宿線航空公園駅 所沢航空発祥記念館

記念館







公園に展示されているYS-11で年4回、内部が一般公開される。
YS-11は昭和37年(1962年)に初飛行を実施し1965年に
量産1号機(JA8611)を納入した。
展示機体は平成9年までエアーニッポン大島-東京間で運用され
総飛行時間5、2991時間

YS-11







YS-11A-500R 諸元
重量:15.4ton  離陸重量: 24.5ton
巡航速度: 452km/h  最高到達高度:6580m
座席: 60
離陸滑走路長: 1280m
製造機数:182機(1964年〜1973年)

当時のライバル機
フォッカーF27(フレンドシップ) 786機製造
離陸重量:19ton  座席:40

YS-11







客室内部 4列の座席は綺麗に保たれている。

YS-11客室






後部緊急脱出ドア、 ブルーのドア枠塗装は外部の救急活動時に目立ようにマークされる。

緊急脱出口







コックピット内部、左側機長席 右側副操縦士席
YS-11は人力操縦で油圧シリンダは使用していない、このため当初は操舵に
大きな力を必要としたが、スプリングタブなどで改良し改善された。
YS-11はエンジンが非力と言われているが、離陸時はエンジンに水・メタノール
を噴射しパワーUPをはかっている。
動力はフレンドシップ機(44人定員)と同じターボプロップ・エンジンを使用している。

YS-11コックピット







機長席計器板
航法計器はIIS(総合指示装置)で姿勢指示器、コース指示器、無線方位指示器
に航法に必要な情報を集中指示し機能を向上した。
東京計器製(sperry社技術提携)
他に対気速度計、高度計、昇降計、旋回計、予備姿勢指示計、電波高度計など
が並んでいる。
姿勢指示器は空がグレイで地表面は黒色であるが電源OFFのため正常な表示でなく
水平線が垂直となっており右90°バンク状態で止まっている。
運用時は垂直ジャイロにより上昇、下降、左右バンクを指示している。

機長席







副操縦士計器板 機長席と同じ計器が装備されている。

副操縦士席







エンジン関係の計器板
回転計、排気温度計、燃料流量計、滑油温度計、などがある。
右端はランディングギヤ・レバー、下方に気象レーダーがある。

エンジン計器







スロットル・クオドラント、ペデスタル
スロットル・レバー、昇降舵トリムホイール(左右のギア状輪)
ローストップレバー、フラップレバー などがある。

トリム関連







C46中型輸送機


カーチスライト製造 1940年から3180機製造された。
日本では1978年(S53年)まで輸送機として使われ、米国では
C47(DC3の輸送機型)と共に米軍の主力輸送機として使われた
与圧装置は無いがインド-中国のヒマラヤ山脈越えの実績もある。
自重:13.6ton 最高速度:433km/h
輸送人員:50名 最高上昇限度:8400m

C46







航空記念館の中に重要航空遺産に認定(日本航空協会)された展示品がある。

航空遺産







日本で唯一現存する、九一式戦闘機の機体胴体が認定された。
九一式戦闘機は輸入やライセンスで生産されていた当時、
1930年に日本の技術(中島飛行機)で設計・開発された単葉機である。
これまでは複葉機であったが、これで時速300kmを達成した。
日本の航空機技術の原点である。

航空遺産







九一式戦闘機 出典:ブログ「零戦落穂ひろい2」の貴重な写真に感謝致します

九一式戦闘機







ニューポール81E2 レプリカ

埼玉県都幾川村出身の民間飛行家岩田正夫が1926年(大正15年)に
飛行した機体で着陸で破損し慈光寺に保存されていたものを復元した。
フランス製練習機でエンジン出力は80馬力、最大速度130km/h、
航続時間3.5時間。

ニューポート







空・飛行機の頁へ戻る